

『装花』。洋のフラワーアレンジメントと和の華道を融合させた、赤井勝さん独自のスタイルだ。決まり事の多い生け花だが、"花を美しいと感じ、表現する心は共通"という、自由発想で生けられる装花の世界は、日本の伝統美を愉しみながら学びたい各国大使夫人らの間で大ブレイク。いまや世界中のセレブに知られるフラワー界のトップが育った、幼少の頃の家をうかがった。
実家は大阪で小さな花屋を営んでいて、住まいはすぐ近くにありました。父が3歳で他界したので、母が花屋を経営していたんです。母一人、子一人の母子家庭だったので、学校から帰ると、まず店に寄って、落ちた花や捨ててしまうはずの枝葉を紙に貼って店内を飾ったり、食器に浮かべたりして、まるで工作や絵を描くようにして、遊んでいました。店が終わると母親と家に帰り、僕が居間にある学習机で宿題をしていると、キッチンで母は料理をして、居間に運んできて食事をしていました。
その部屋がなんと、すべてオレンジ色!机も椅子も、座布団もカーペットもすべてオレンジだったんです。
母はいつも?勝のカラーはオレンジや。オレンジでいこ。元気出していこ!?と、なぜか部屋をオレンジ色に統一していたんですね。母にとって元気=オレンジだと思って、僕をいつも励ましてくれていたのかもしれません。![]()
玄関には家具調の下駄箱があり、居間には大型のブラウン管テレビがあった。
昭和世代なら一般的な家庭のアイテム。いつしか、華道教室に通いはじめ、生け花を習っていた赤井少年は、自宅のそれらの上に花を生けるようになった。
最初は習ってきた通りに生けていたんですが、下駄箱の高い位置に生けるうちに、花の高さを意識するようになり、次第にどうしたら美しく見えるか考えて、自分の思うままに生け直すようになりました。家という空間のなかで、自分らしく飾ってみたことが、僕の装花の原点なんです。![]()
それを見るたびに、母親が"勝、その花の生け方ええなぁ"としみじみ褒めてくれた。それが嬉しくて、花を生けることが楽しかったのだと赤井さんはいう。
花人は、優しい母の真心と温かいオレンジ色の家で育まれた。

鉄筋マンションの住まいの中央には居間があり、インテリアはすべてオレンジ。玄関の下駄箱と居間のテレビの上に、赤井さんは習ってきた花を生けていたとか。

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赤井 勝 Masaru Akai1965年、大阪出身。花人/フラワーデザイナー。エジプト政府観光省主催イベントの装花担当、アルゼンチン大使館主宰「サロンコンサート 魅惑のタンゴ」会場装花プロデュース、モロッコ王国ナショナルデー会場装花プロデュースなど、国内・国外を問わず幅広く活躍中。
http://www.akaimasaru.jp/








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